価値に迷わせる女性その名は末摘花(すえつむはな)

営業マン飯2024年
ご挨拶

こんにちわ、地下鉄吉野町駅最寄りのカラオケBARキャビーヌの中島です。

 

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思い込みのクロスカウンターと末摘花(すえつむはな)

そんな言葉が思い浮かんだ。

先日の事だ、俺が衣笠で仕事をしている時、同僚とランチに行くことになった。

行先は葉山牛で有名な店で「角車」という名前の店だった。

ダイエット中とはいえ、ライスさえ頼まなければステーキは許容範囲

この店は会社のその同僚が葉山に住んでいるときにいつか行こうと思いながら行けなかった店であり、丁度この日の仕事先がその近くという事もあって寄ることになったのだ。

葉山牛ステーキレストランと記載されていたので、当然ステーキ推しの店なのだろう。

入口のボードには100gで9240円のヒレステーキが完売と記載され、サーロインが100gで6600円と記載されている。

こいつはかなりの手強さを想像させる強気の価格設定

相手にとって不足無し、腕が鳴るではなく腹が鳴るぜ

そんなことを考えながらもさすがに昼から100gで万券は出せないなと他のステーキを頼むことにした。

この価格で変な物が出てくることはあるまい。

そう思い5000円のステーキ御膳を注文した。

しばらく待つとやってきたのは牛の角煮とローストビーフと大分ウェルダンな感じのステーキ

うん?

角煮とローストビーフはともかく、このステーキ焼きすぎで焦げてない?

まあ、見た目だけの問題かもしれないが

そう思い、口に運ぶとカリカリの食感の一味違う歯応え

そのお味は・・・・

肉が台無しになっているとしか思えないほど美味しくはなかった。

ええ~

5000円のステーキでこれ?

見た目通り焦げているだけじゃない・・・・

どうゆうことよ?

並んでまで入った強気の価格設定の葉山牛推しのステーキレストランの5000円のステーキが美味しくないって意味が分からないのだけれども。

あまりにも俺の理解を超えた、もはや超常現象と言っても過言ではない状況ににひどく混乱した俺は周りをきょろきょろ見ると、疑惑が確信に変わる事実に気づいた。

埋まっているテーブルの周囲を見ると、机の上にはハンバーグが並べられていた。

結果を見るに、その場に居合わせた客の中でステーキを頼んでいたのは俺だけだった。

皆が頼むのはハンバーグ

え?ステーキレストランってステーキを頼むもんじゃないの?

俺の思い込みは見事クロスカウンターとなって俺の顎を打ち抜いた。

ネットで調べてみると、この店はハンバーグが絶品のようで、ステーキは俺同様に焦げていて二度度行かないなんてコメントが書かれていた。

「噓でしょ」と思ったけれども、もう後の祭り。

納得のいかないお味に納得のいかない金額を支払ってきた。

帰り際に再び強気すぎる価格のメニューを見て、これは「末摘花(すえつむはな)だな」と思ったのだ。

末摘花とは平安時代の紫式部が記載した世界最古の長編小説と言われる「源氏物語」の登場人物だ。

丁度今年のNHKの大河ドラマは紫式部が主人公だった気がする。

大学受験の時に古文でよく「源氏物語」が出るので、それを題材にした少女漫画の「あさきゆめみし」という漫画を読むことを学校の古文の先生に推奨され、一応図書館から借りて読んだ記憶があるのだ。

そしてその時に結構インパクトのある登場人物としてでてきたのがこの末摘花(すえつむはな)だ。

そもそも源氏物語とは主人公である光源氏の恋愛遍歴や栄華と没落、そしてその子孫たちの人生を書いた小説だ。

その光源氏の恋愛遍歴の中の対象としてこの末摘花が出てくる

常陸宮(ひたちのみや:皇族で身分が高い人)の娘だった末摘花は、「花や蝶よ」と育てられ、優雅な生活を送っていたが、父が他界して以降支える者もなく没落していった。

主人公の光源氏はどこからか、この姫の噂を聞きつけ「零落した悲劇の姫君」という現代で言う「薄幸の美人」の幻想に憧れと好奇心を抱いて接近する。

親友の頭中将とも競い合ってどうにか射止めたものの、彼女の教養の無さや対応の覚束なさは光源氏を困惑させた。

さらにある雪の朝、姫君の顔を覗き見た光源氏はその容姿の醜さに仰天するという話だ。

身分は高貴だけれども、現実が追い付かないというか。

結果的には末摘花はハッピーエンドにはなるのだけれども・・・

このステーキと一緒じゃないかと思ったのだ。

身分は高貴(価格は高い)けれども、中身(お味が)が伴わない。

かつてアダムスミスは需給バランスを神の見えざる手と呼んだけれども、価格と価値は決して順比例する物ではなく、神の手が及ばざるところなのだ。

大学の偏差値と同じで、高ければ高いほど価値がある可能性や確率が高いだけであって必ずしもそれが比例するとは限らない。

結局、価格は本質がバレなければ貴族と言う肩書に見える価格でいいのだけれども、いざ蓋を開けてみたら「零落した悲劇の姫君」が小公女セーラではなく、末摘花だったというパターンだ。

自己認識の方が大事なんだろうな。

この価格だと提供側が決めればそれは事実になるし、高価格で当然と思う事で、本質に気づかれなければそれが自他ともに認める真実になる。

ここ最近そう思わされることが続いているのだが、世界には器用な能力が高い人が多いなと思う事があるのだけれども、現実がその能力に報いていない。

器用貧乏と言う言葉がある通り、能力に対して与えられるものが少なすぎたりもする。

そして、俺が器用貧乏だと思う人はその価値に周りから気づかれないのだよな。

そう思うと中身なんかスポンジボブでいいからどれだけ分かりやすく見せるか、そっちの方が重要なんじゃないかと思うのだ。

世界はそちらを高い価値と認識しがちだ。

だからこれが価値観の違いというやつなのかもしれないが、俺から見たら無価値の物が世界では価値あると、認識の違いを思い知らされる。

先日も飲み屋で隣に来ていたカップルの話が聞こえてきときに思ったのだ。

決して妬みではないつもりはあるんだが、客観的に俺から見ても見た目が良い若い男性が、ヘチマよりもスッカスカの内容の「俺は~」トークをしている。

それを聞いてうっとりしている女性を見て価値に迷う。

価値って一体なんなんだろうなと。

そんなどうしようもない話をする奴のどこに価値を感じるんだ?と

まあ、多分それも本人が価値の有無を決める事なんだろうけど。

けれども、本質じゃないんだよな、きっと

料理も味よりもデコレーションで「映える」方に重きを置かれているのだ。

人も雰囲気のマントというかオーラと言うか、そういう視覚や感覚に訴える物の方が中身よりも重視されがちだ。

世間の価値観に合わせたほうが、多分楽に生きられるのだろうけれども自分の価値観がそれを理解させない。

1人酒は余計な思考をもたらせるなとか思いつつも、引き続きちょっと緩めているが大分ストイックにダイエットを継続してる

1ヵ月で約6kg減で71kgが通常で安定してきた。

ちょっとやりすぎたのかペースが落ちているので、少し休憩と言うか現状維持期間を設けなければなとか思っていたんだけれども、終焉は突如として訪れる物だ。

昨日まで続いてきた「普通の今日」が明日も来ると思うなよと。

そう咎められた気がした。

話が飛ぶように思うかもしれないが、有名なギャンブラーに森巣博という人物がいる。

このギャンブラーの名言に「博奕三箇条の御誓文」という物がある

それが

1、ゲームのルールはよく覚えなさい。

2、負けるときは少額のそして勝つときは多額の賭け金(たま)をはりなさい。

3、運(ツキ)が去ったと思ったら、すぐ席を立ちなさい。酒でも飲んで寝なさい。

上記だ。

経験者じゃなければ分からないと思うが、こんなフワフワとしている内容にも真実を感じるのだよな、経験上だが。

同様に俺もダイエッターの御誓文を一つ気づいたのだ。

それが「メニューをよく確認しなさい」だ。

ちょっと仕事で戸塚に行ったときの事、糖質カットといったら肉だよねとステーキの店を探していた。

しかし、検索しても戸塚は「ステーキ不毛の地」のようで、いい店が見つからない。

仕方がなく、ハンバーグに検索を変えると、洋食の「アンダンテ」という店のハンバーグが検索の上位に出てきた。

「ふむ、ふむ」とそちらに向かうと純喫茶のようなノスタルジックな洋食屋があった。

丁度、2回目はいいやと思ったカレーの店ボンベイの先だった。

席に着くと早速ジャーマンハンバーグを頼むことにしたんだが、サラダとスープも欲しいなと思った。

見ると単品で頼むとミニサラダとスープで800円くらい。

それならよく分からないけれども、この「ピカタセット」とやらにも同じものがついて980円なので「それでいいや」とよく確認しないままに注文

ピカタってなんかの一品料理なんだろうなとか思っていた。

後から調べるとピカタは、イタリア料理に由来する西洋料理のひとつで、イタリアにおいては、バター焼きした仔牛肉のレモン汁かけを指し、日本では、豚肉に食塩、コショウなどで下味をつけてから小麦粉をつけ、粉チーズを混ぜた溶き卵を絡ませてソテーしたものが「ポークピカタ」と呼ぶそうだ。

なので「ピカタセット」もハンバーグと一品料理とミニサラダとスープがついてくるもんだと思っていた。

ところが、最初に届いた料理を見て俺は絶句した。

ピカタセットのピカタとはピカタライスのピカタだったのだ。

なんだよ、ピカタライスって、そんなの聞いていない

あれだけずっと糖質我慢していたというのに、思いもよらないライス降臨

なんてこった

俺は天を仰いだ。

「1人ショーシャンクの空に」とかフレーズが思い浮かぶ

食べなければいいと思うかもしれないが、間違いとは言え料金を支払って出てきた料理。

フードロスの観点からも、手を付けないのは抵抗があるし、作った料理人の心情を考慮しても丸々残すわけにはいかず、食材に罪はない。

それに我慢した後のライスは美味しい。

俺は腹を括ってピカタライスをかきこんだ。

これで、今日は晩飯抜きだな

ライスはいらないってあれだけ店員さんに言ったんだけれどもなあ

止めてはくれなかった。

おばあちゃんだったし、責めるべきは店員さんではなく確認しなかった自分なんだよな。

けれども、このミスすらラッキーなんじゃないだろうか。

多分、ここで思わぬ糖質を摂取することで丁度いい塩梅になり、身体が省エネモードにならずに済んで明日以降、効率よく体重が落とせるんじゃないだろうか。

ラッキーしか起きないと決めた、無意識の俺がラッキーを起こすために起こしたミスだと今決めた。

松坂恵子の曲「愛の水中花」ではないが、「これもラッキー、あれもラッキー、多分ラッキー、きっとラッキーだな」

さて、また明日から取り返すようにストイックに絞らなければ・・・

お酒も止めて。

でも靴紐結ぶのに呼吸ができない状態ではなくなっているから着実に目標に近づいてはいるんだが、今日はとんだブービートラップに引っかかってしまったなあ

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