ラストエリクサーがもたらせる病

営業マン飯2024年
ご挨拶

こんにちわ、地下鉄吉野町駅最寄りのカラオケBARキャビーヌの中島です。

 

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ラストエリクサー症候群と現実

先日の事だ。

以前に俺へと空き瓶を投げつけた翌日に2000円貸してくれと言ってきたお客さんがいた。

今の俺の飲食店のオープン当初に毎日来てくれて、苦しい時を支えてくれたお客さんで義理もあったので、返さなくて良いと言って渡したんだか、その時はいいのにと言ったのに返ってきた。

そして、先週、しばらく会ってなかったんだけど、また2000円貸してくれと連絡が来た。

正直貸したところで、回収できないし、貸すことになるお金自体よりも貸すために時間を取られる事の方が嫌だった。

だが、2000円分くらいの義理はあると思い、すっかり使うの忘れていたQUOカードをつけて、2000円あげてきた。

返すと言われて時間を取られる方が嫌だし、これ以上踏み込まれて甘えられるのもデメリットだし、俺なりの筋は通せて、少なくとも俺の行動を俺は恥じなくて済むなと俺自身のためにお金をあげに行ってきたのだ。

そんな事があったり、最近お店のお客さんが兄弟揃って還暦でニートになったりとなかなか生きるって難しいよなと思わされており、決して他人事ではなく俺事になっても何もおかしくないと感じでいた。

だが、ふと俺が俺事になってしまう事を恐れる結果になっている人々の共通点に気がついたのだ。

それがコミュニケーション能力だ。

俺が自分がそうなってしまう事を恐れる結果になっている方々は総じてコミュニケーション能力が低い。

他の人が絶対に興味のない自分の話しかしなかったり、人を不快にさせる発言が多いのだ。

ザイオンス効果と言う言葉がある。

これは人は会う回数が多ければ多いほどその人を好きになると言う理論なんだけど、コミュニケーション能力が低いとこれは逆効果になる

俺自身が以前はコミュニケーション能力が赤点だったため、ザイオンス効果は嘘だと思っていた。

まあ、会えば会うほど疎まれるというやつだ。

これはその人のコミュニケーション能力に依存しているので、身分制度や遺伝のようにコミュニケーション能力が低い家族やコミュニティにいればいるほど、よりコミュニケーション能力が低下していく。

当たり前だが、コミュニケーション能力が高くないと受験の不合格と同じように、コミュニケーション能力が高いコミュニティには入れないので、関わる層が固定化されていくのだよな。

そうすると常に負のコミュニケーションが常態化し、影響を受けるというか、より自分自身に刷り込まれていくのでよりそのコミュニティを抜け出せなくなるのだ。

そして本人に起きる結果自体も固定化されていく。

もし、自分の結果を変える事のできる人が好意的だったら俺が恐れるような結果にはならないだろうし、結果を変えてもらえるようになるためにはコミュニケーション能力が必要だ。

そんな事を思った際にラストエリクサー症候群と言う言葉を思い出したのだ。

ラストエリクサー症候群とはゲーム内で貴重なアイテムがもったいなくて使えず、結局使わずに温存したままクリアしてしまうことを指す言葉だ。

最初に思いついたのは35年前のゲームボーイのRPGのサガだ。

ちょっと前のネタでもちらっとサガについては記載したが、このゲーム内で「ガラスの剣」と言う一回きりしか使うことのできない一度しか手に入らない武器がある。

当然、貴重なだけあってその効果は絶大で、ゲーム内の敵に見たこともないような大ダメージを与える事ができるのだ。

このような貴重なアイテムは途中ではなかなか使う事ができず、結局俺自身も最後まで使う事ができないラストエリクサー症候群ではあったのだけれども。

ただ、ふとコミュニケーション能力と関連して思ったのが、この「ガラスの剣」は持っていなくても使えないし、持っていても使いどころが分からないと使えないのだ。

コミュニケーション能力も持っていないとそもそも使えないし、持っていたとしても使いどころを間違っているとたいして役に立たない。

世間では、よく口が上手い奴が得をするなんて言葉を聞く事があるが、それは真実ではないと思うのだ。

口の巧さはコミュニケーション能力とは違うし、それこそ運なのか実力なのかは分からないけれども、口の巧さで得をしていると言われる人ってコミュニケーション能力の高さが生きる場でその能力を使ってたまたま噛み合ったと言う話だと思うのだよな。

そう考えるとコミュニケーション能力の高さって自分の結果を変える事のできる人に結果を変えてもらうには絶対条件ではあるんだけど、その高め方なんてものは誰も教えてくれるものではない。

だから手に入らない人もいるし、手に入れても効果的な使い場所が分からない人もいるのだ。

ただそれを高めようとしないと結果的に、あまり羨ましいと思えない結果になりがちなのだ。

そう考えると、自分の発信する言葉や内容は注意が必要だよなと思わされる

世界はなんでも気づけば示唆に富んでいる

35年前のドットのゲームのアイテムにコミュニケーションについて考えさせられたりするのだ。

同様にラストエリクサー症候群はお金に関しても言える

過去のネタにも記載したが他界した亡父の話で、戦前は百円で、銀座に土地が買えたらしいのだが、敗戦国になり、紙幣の信用が低下して、後生大事にしていた百円は戦後は銀座に土地が買えた価値から牛丼一杯の価値になってしまったのだ。

俺が野毛で父の店の昼間をやっていた時に来た客の話でも、人に迷惑をかけまいと節約と倹約をしてきた一人暮らしのおばあちゃんも、痴呆症になってしまえば、毎日家賃払ったっけ?と毎日平気な顔して受け取る大家に努力の結晶を支払ってしまうのだよな。

金も「ガラスの剣」もアイテムなんだから使わなきゃ意味がない

35年前のゲームにすらそれを教えられる

ただ、いつでもそのアイテムが使える安心感がその人の幸福の根拠ならそれはそれで良いとは思うけど、もしかしたらラストエリクサー症候群と言う、メンタルの弱さなんじゃないかと俺には感じる

メンタルの弱さと安定感への欲は比例するのかもしれない。

さて、そんな事を思いながらも、何食べようかと思っていたら、糖質カットなら焼き鳥だよねと秋吉に行ってきた。

ねぎまは美味いし、若鳥も日に拠るけれども仕入れが当たりの日はたまらない。

チェーンの焼き鳥屋の中では秋吉が一番好きなのだ。

問題はねぎまの幸福感で食べすぎてしまう事なのだよな。

そして、冷やしトマトの塩もいいし、シーザーサラダも新発売されていた。

シロも美味いし、ピートロもいいんだよね。

レンコン揚げと玉ねぎ揚げも美味いし。

そして先日行ってやはり美味かったのでいまがわ食堂で大トロの炙りシメサバとアジフライとなめろうを頼んできた。

うん、これ炙り方やカットの仕方で多分味が変わる。

同じ物でも作る人というかスタッフによって違うのね。

同じ湘南台の同じ店なのに前回の方が美味しかったという衝撃

そして、最後は亡父が愛した中村橋商店街にある福嶋屋の天丼

たしかにここの天丼のタレ美味しいんだよね。

そう年末から美食三昧を繰り返していたら、まさかのダブルセブンを体重計が指し示していた。

バッティングセンターに通い、歩いているんだけれども、体重が落ちない。

仕方がないので、再度本気の絞りを再開しようと思う。

何しろ重度の脂肪肝とか健康診断で書かれたし、取り返しのつくのは今だけだよな。

結局、糖質を摂らずに取得カロリーも減らして、代謝を上げて運動すれば物理的に痩せざるを得ない。

なのでキューピーマヨネーズライトというカロリー80%オフのマヨネーズを買ってやった。

普通のマヨネーズに比べて、糖質の3倍だけれどもカロリーは5分の1

3倍と言っても大さじ1杯15gで糖質1g

大さじ10杯食べても200キロカロリーと糖質10g

これで「ゆで卵」だの「ブロッコリー」だの、試しに「納豆」だのをやってみてどうかだな。

後ちょっと絞るまで酒量を控えようかと。

多分、エンプティカロリーなんだけれども酒飲みすぎて基礎代謝のカロリー以上に摂取しちゃっているから体内で消費し切れずに血糖値が上がっていないため吸収はしないけれども、常にエネルギーが供給されているみたいな形になり体重が落ちないのではないかと思うのだ。

ナイシトールとバッティングセンターと坂路調教、糖質カットと摂取カロリー制限と酒量控えめ。

流石にここまでやればえらい勢いで落ちていくのではないだろうか。

ただ、人との会食があるからな。

それは控えるつもりはないので普段の店での酒量を控えるべきなんだろうな。

フリーな日に飲みに行きすぎもあるのかもしれないが。

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